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障がい学生支援制度発足20周年記念シンポジウムを振り返って

'21年12月22日 更新

浅野 杏奈( パソコン通訳スタッフ )

(生命医科学部医工学科 4年次生)

このたびは20周年記念シンポジウムという特別な場でPC通訳者として活躍させていただき、ありがとうございました。
PC通訳者としてのお話をいただいたとき、ぜひお役に立ちたいと思うと同時に、これまでのサポート前とは比べ物にならないくらいの不安に襲われました。なぜならば、私は今年度の春からPC通訳者として対面授業のサポートに入るようにはなったものの、普段は主に手書き系のサポート学生として支援に携わっていることや、オンライン授業が主流となってから、勉強会にもなかなか参加することができていなかったので、PC通訳に自信を持てずにいたからです。けれども、PC通訳者としてシンポジウムに参加してみたいという強い思いはありましたので、意を決してPC通訳に挑戦することにしました。
シンポジウム前日まで、過去の勉強会の資料を読み直したり、タイピング練習をしたりと、初心に戻ってPC通訳の活動に向き合い直しました。少しでもPC通訳の技術が上がるようにしたかったのです。
このように準備を重ねて、シンポジウム当日を迎えました。当日は朝からずっと緊張していました。いざ会場についてみると、さらに緊張が増してきました。会場の雰囲気に、本当に特別な機会に携わっていることを肌で感じたからです。実際にシンポジウムが始まってから終わるまではあっという間でした。他のPC通訳者4名の支えもあり、何とかシンポジウムのPC通訳者としての役目を終えることができました。終始不安と闘いながらのサポートでした。
シンポジウム終了後、無事に終えられたという安心感と本当にきちんと通訳ができていたのかという不安が心の中で交差して複雑でした。少し落ち着いてから他の通訳者と合流した時、彼らがいてくれて良かったと心から感謝しました。通訳の間にも支え合いがあったと感じたからです。今回の経験で感じたこと、学んだことをこれからの活動に活かしていきたいと思います。
このたびは、よい機会を与えてくださって本当にありがとうございました。


大和田 宗( パソコン通訳スタッフ ) 

(法学部法律学科 3年次生)

このたび、同志社大学障がい学生支援制度発足20周年記念シンポジウムの情報保障として、PC通訳に参加させて頂きました。
シンポジウムでのPC通訳と普段の授業でのそれとの最大の違いは、話者が複数予定されていることだと思います。シンポジウムでは発信者の変化に機敏に対応し、かつ情報を漏らさぬよう連携することはとても難しかったです。
ただ、通訳者の多い体制だったので、聞き漏らしを補充し、誤字脱字を訂正するサポーターの役割も皆で手分けして担い、臨機応変に助け合ったチームプレイがより確実な情報保障と全体の安心感に繋がりました。他のスタッフの皆様にとても感謝しています。
シンポジウムでは、同志社大学の支援の歴史を振り返り、高等教育における情報保障の先頭をリードして来られた先輩方のご努力や大学全体の取り組みに触れることができ、その一員として日々活動していることの意義の大きさを再認識しました。長い歴史に加われたことをとても誇りに思っています。
大学での支援の必要性が徐々に関係諸立法と共に全国へと浸透していく中で、これからの同志社に何ができるのかについて、私は情報技術の発展と共に考えていく必要があると感じています。COVID-19に対応する中で、インターネットを用いた遠隔でのPC通訳という手段を獲得した私たちは場所の隔たりを克服しつつあります。
そこで、私は演習の授業やディベートなど、複数の話者を予定する授業でのPC通訳のあり方を自身の課題として考えています。混乱することなく確実に情報を届けるためには自身のスキルの向上はもちろんのこと、通訳者間の連携も欠かせません。他のスタッフと意見を交換する中で、さらには会話を共有する全ての当事者の意識や努力が必要だと気付きました。個々に発信される複雑な情報をPC通訳の形でそれを必要とする人に届けるためには皆の協力が必要なのです。
シンポジウムでは登壇者の方々が様々な情報保障を意識され、会話の交通整理が行われました。落ち着いた順序ある会話のやりとりがあったからこそ、情報保障をスムーズに行うことができたのです。
今後も先人のご努力を次へと繋げていけるよう、発信者としての心がけをも意識しつつ、生き生きとした会話のやりとりもスムーズに伝達できるよう日々活動していきたいと思います。改めて、同志社大学の障がい学生支援制度に関わることができて、本当に光栄に思います。今回は貴重な場に参加させていただき、ありがとうございました。


新谷 凌平( パソコン通訳スタッフ ) 

(社会学部産業関係学科 4年次生)

私は大学1年次からサポート活動を続けていて、もはやPC通訳は慣れっこだと言えると思います。このたびのシンポジウムも自ら志願して通訳を引き受けましたが、普通の授業の通訳とは話が異なります。普通の授業とシンポジウムとを比べてみると、たくさん違いが見えてきます。
シンポジウムでは、複数の登壇者がいて、この日のためにお越しくださった数々の先生方。かと思えば通訳者もたくさんいて、コロナ感染防止のため、隣との間隔は広すぎるくらい空いている。文字通訳を見る人も、隣にいる学生一人だけではなくて、年代も職業もバラバラのたくさんの方々。……そもそも、いくら分担が決まっているとはいえ、通訳者が同時に5人もいるなんて経験したことがありません。自分は誰の発言部分の担当で、誰とペアを組んでいるかを常に意識しておかなければ、たちまち置いていかれます。事前練習をして悟ったことは、手元のPCの小さい画面で次々流れゆく情報を瞬時に判断し、的確に動けなければ大変なことになるということでした。
しかし蓋を開ければどうってことありませんでした。5名のスタッフで分担に従いながらも臨機応変に対応し、難なく進んでいきました。いつしか普段の授業との違いは何も感じなくなり、いつも通りに音声を文字入力していました。通訳をしていて何より救われたのは、訂正担当のスタッフが抜け目なく直してくれたことです。おかげで誤字があっても、文字入力のペースを乱すことなくどんどん進めていくことができました。
予定通りいかないこともありましたが、これまでにない貴重な経験をすることができました。関わったすべての皆さまに心より感謝申し上げます。今後も引き続き精進してまいりますので、何卒よろしくお願いいたします。


上中 望生( 登壇者 ) 

(生命医科学研究科医情報学科 2年次生)

「同志社大学の障がい学生支援には長い歴史がある」ということは以前から懇談会で何度か耳にしていました。しかし、具体的にどのような道を辿って現在の形に繋がっているのかについては、支援スタッフとして5年間活動してきたにも関わらず、私はほとんど知りませんでした。
そんな状態で参加した20周年記念シンポジウムで、私は障がい学生支援制度発足のきっかけとなった訴えを初めて知って衝撃を受けました。思いのほかシンプルな1文でした。この訴えを聞き入れ、制度の基盤を作り上げ、改善しながら活動を引き継いできた人たちがいたからこそ現在の支援制度があるのだということを、卒業生の皆さんや設立に携わられた方々の声を聴いて実感できました。また、学内で活動しているときはあまり実感がわきませんが、情報保障をあって当たり前のものにしたいという思いで活動している仲間は学内にも学外にもたくさんいるのだなと嬉しくなりました。
そしてこのシンポジウムに参加したことは、現在の私に何ができるかを考えるきっかけにもなりました。登壇時に話した内容になりますが、私は学内で制度の存在があまり知られていないとよく思うのです。確かにコーディネーターさんや私たちスタッフは支援活動を行っていますが、スタッフ以外の多くの学生との壁はまだ厚いように感じます。たとえば大講義室に通訳用のPCを持って入ると遠巻きに視線を感じます。知り合いがいると「何をやってるの」「偉いね」などと声を掛けられることがあります。私たちが何か特別なことをしているかのように見られているとしたら、まだ情報保障はあって当たり前の存在になり切れていないのだと思います。
今の私にできることは何か。この問いに明確な答えはないと思いますが、「情報保障はあって当たり前」を目指すためには、今後も活動を続けて周囲の人たちに利用学生やスタッフがいることをまずは理解してもらい、支援の輪を広げていくことが必要だと考えています。


浅野 杏奈( パソコン通訳スタッフ )

(生命医科学部医工学科 4年次生)

このたびは20周年記念シンポジウムという特別な場でPC通訳者として活躍させていただき、ありがとうございました。
PC通訳者としてのお話をいただいたとき、ぜひお役に立ちたいと思うと同時に、これまでのサポート前とは比べ物にならないくらいの不安に襲われました。なぜならば、私は今年度の春からPC通訳者として対面授業のサポートに入るようにはなったものの、普段は主に手書き系のサポート学生として支援に携わっていることや、オンライン授業が主流となってから、勉強会にもなかなか参加することができていなかったので、PC通訳に自信を持てずにいたからです。けれども、PC通訳者としてシンポジウムに参加してみたいという強い思いはありましたので、意を決してPC通訳に挑戦することにしました。
シンポジウム前日まで、過去の勉強会の資料を読み直したり、タイピング練習をしたりと、初心に戻ってPC通訳の活動に向き合い直しました。少しでもPC通訳の技術が上がるようにしたかったのです。
このように準備を重ねて、シンポジウム当日を迎えました。当日は朝からずっと緊張していました。いざ会場についてみると、さらに緊張が増してきました。会場の雰囲気に、本当に特別な機会に携わっていることを肌で感じたからです。実際にシンポジウムが始まってから終わるまではあっという間でした。他のPC通訳者4名の支えもあり、何とかシンポジウムのPC通訳者としての役目を終えることができました。終始不安と闘いながらのサポートでした。
シンポジウム終了後、無事に終えられたという安心感と本当にきちんと通訳ができていたのかという不安が心の中で交差して複雑でした。少し落ち着いてから他の通訳者と合流した時、彼らがいてくれて良かったと心から感謝しました。通訳の間にも支え合いがあったと感じたからです。今回の経験で感じたこと、学んだことをこれからの活動に活かしていきたいと思います。
このたびは、よい機会を与えてくださって本当にありがとうございました。


大和田 宗( パソコン通訳スタッフ ) 

(法学部法律学科 3年次生)

このたび、同志社大学障がい学生支援制度発足20周年記念シンポジウムの情報保障として、PC通訳に参加させて頂きました。
シンポジウムでのPC通訳と普段の授業でのそれとの最大の違いは、話者が複数予定されていることだと思います。シンポジウムでは発信者の変化に機敏に対応し、かつ情報を漏らさぬよう連携することはとても難しかったです。
ただ、通訳者の多い体制だったので、聞き漏らしを補充し、誤字脱字を訂正するサポーターの役割も皆で手分けして担い、臨機応変に助け合ったチームプレイがより確実な情報保障と全体の安心感に繋がりました。他のスタッフの皆様にとても感謝しています。
シンポジウムでは、同志社大学の支援の歴史を振り返り、高等教育における情報保障の先頭をリードして来られた先輩方のご努力や大学全体の取り組みに触れることができ、その一員として日々活動していることの意義の大きさを再認識しました。長い歴史に加われたことをとても誇りに思っています。
大学での支援の必要性が徐々に関係諸立法と共に全国へと浸透していく中で、これからの同志社に何ができるのかについて、私は情報技術の発展と共に考えていく必要があると感じています。COVID-19に対応する中で、インターネットを用いた遠隔でのPC通訳という手段を獲得した私たちは場所の隔たりを克服しつつあります。
そこで、私は演習の授業やディベートなど、複数の話者を予定する授業でのPC通訳のあり方を自身の課題として考えています。混乱することなく確実に情報を届けるためには自身のスキルの向上はもちろんのこと、通訳者間の連携も欠かせません。他のスタッフと意見を交換する中で、さらには会話を共有する全ての当事者の意識や努力が必要だと気付きました。個々に発信される複雑な情報をPC通訳の形でそれを必要とする人に届けるためには皆の協力が必要なのです。
シンポジウムでは登壇者の方々が様々な情報保障を意識され、会話の交通整理が行われました。落ち着いた順序ある会話のやりとりがあったからこそ、情報保障をスムーズに行うことができたのです。
今後も先人のご努力を次へと繋げていけるよう、発信者としての心がけをも意識しつつ、生き生きとした会話のやりとりもスムーズに伝達できるよう日々活動していきたいと思います。改めて、同志社大学の障がい学生支援制度に関わることができて、本当に光栄に思います。今回は貴重な場に参加させていただき、ありがとうございました。


新谷 凌平( パソコン通訳スタッフ ) 

(社会学部産業関係学科 4年次生)

私は大学1年次からサポート活動を続けていて、もはやPC通訳は慣れっこだと言えると思います。このたびのシンポジウムも自ら志願して通訳を引き受けましたが、普通の授業の通訳とは話が異なります。普通の授業とシンポジウムとを比べてみると、たくさん違いが見えてきます。
シンポジウムでは、複数の登壇者がいて、この日のためにお越しくださった数々の先生方。かと思えば通訳者もたくさんいて、コロナ感染防止のため、隣との間隔は広すぎるくらい空いている。文字通訳を見る人も、隣にいる学生一人だけではなくて、年代も職業もバラバラのたくさんの方々。……そもそも、いくら分担が決まっているとはいえ、通訳者が同時に5人もいるなんて経験したことがありません。自分は誰の発言部分の担当で、誰とペアを組んでいるかを常に意識しておかなければ、たちまち置いていかれます。事前練習をして悟ったことは、手元のPCの小さい画面で次々流れゆく情報を瞬時に判断し、的確に動けなければ大変なことになるということでした。
しかし蓋を開ければどうってことありませんでした。5名のスタッフで分担に従いながらも臨機応変に対応し、難なく進んでいきました。いつしか普段の授業との違いは何も感じなくなり、いつも通りに音声を文字入力していました。通訳をしていて何より救われたのは、訂正担当のスタッフが抜け目なく直してくれたことです。おかげで誤字があっても、文字入力のペースを乱すことなくどんどん進めていくことができました。
予定通りいかないこともありましたが、これまでにない貴重な経験をすることができました。関わったすべての皆さまに心より感謝申し上げます。今後も引き続き精進してまいりますので、何卒よろしくお願いいたします。


上中 望生( 登壇者 ) 

(生命医科学研究科医情報学科 2年次生)

「同志社大学の障がい学生支援には長い歴史がある」ということは以前から懇談会で何度か耳にしていました。しかし、具体的にどのような道を辿って現在の形に繋がっているのかについては、支援スタッフとして5年間活動してきたにも関わらず、私はほとんど知りませんでした。
そんな状態で参加した20周年記念シンポジウムで、私は障がい学生支援制度発足のきっかけとなった訴えを初めて知って衝撃を受けました。思いのほかシンプルな1文でした。この訴えを聞き入れ、制度の基盤を作り上げ、改善しながら活動を引き継いできた人たちがいたからこそ現在の支援制度があるのだということを、卒業生の皆さんや設立に携わられた方々の声を聴いて実感できました。また、学内で活動しているときはあまり実感がわきませんが、情報保障をあって当たり前のものにしたいという思いで活動している仲間は学内にも学外にもたくさんいるのだなと嬉しくなりました。
そしてこのシンポジウムに参加したことは、現在の私に何ができるかを考えるきっかけにもなりました。登壇時に話した内容になりますが、私は学内で制度の存在があまり知られていないとよく思うのです。確かにコーディネーターさんや私たちスタッフは支援活動を行っていますが、スタッフ以外の多くの学生との壁はまだ厚いように感じます。たとえば大講義室に通訳用のPCを持って入ると遠巻きに視線を感じます。知り合いがいると「何をやってるの」「偉いね」などと声を掛けられることがあります。私たちが何か特別なことをしているかのように見られているとしたら、まだ情報保障はあって当たり前の存在になり切れていないのだと思います。
今の私にできることは何か。この問いに明確な答えはないと思いますが、「情報保障はあって当たり前」を目指すためには、今後も活動を続けて周囲の人たちに利用学生やスタッフがいることをまずは理解してもらい、支援の輪を広げていくことが必要だと考えています。